心臓には僧房弁、大動脈弁、三尖弁、肺動脈弁があり、各弁に狭窄(血液の通過困難)と閉鎖不全(血液の逆流)が起こりえます。弁膜症の原因疾患は非常に多く、先天的と後天的異常に大別されます。臨床所見と治療方針は異常弁の数、狭窄ないし逆流の程度、罹患期間によって規定されます。心臓エコー検査でのみ検出できる軽度な弁膜症は治療不要です。かなりの弁膜症でも、心筋組織が弁の異常に打ち克つように変化するため、内科的治療のみで長い間経過を観察できます。しかし弁膜症は弁組織の機械的な欠陥なので、重症例では内科治療は限界があります。進行例では呼吸困難、動悸、胸痛、めまい、易疲労感などが出現し、心不全となります。根本的な治療は開胸手術による弁置換術(機械弁、生体弁)ないし弁形成術です。症例によってはカテ−テルによる経皮的弁形成術が選択されます。症例に応じて手術の適応と時期を決定することが重要で、臨床症状に加えてドップラー心エコー検査による定期的な評価が必要です。抗生物質による感染性心膜炎の予防、心房細動合併例での抗凝固薬による脳血栓の予防も重要です。ここでは臨床的に多い僧房弁、大動脈弁疾患について述べます。
1)僧房弁狭窄症(Mitral Stenosis:MS)
正常僧房弁の弁口面積は4−6cm2ですが、MSではその半分以下のため、左房から左室への拡張期血流が阻害されます。その結果、左房圧が左室圧より高くなり(圧較差)、左房拡大、肺静脈圧上昇、肺高血圧症をきたします。左房拡大のため高頻度に心房細動を合併し、左心耳内などに血栓ができやすくなります。MSの大半はリウマチ熱の後遺症で、弁交連部の癒合,弁と腱索の線維性肥厚や石灰化があり、僧房弁逆流や大動脈弁異常を多く合併します。心エコー図では弁の形態異常、弁口面積と圧較差の測定、左房内血栓の有無、肺高血圧症の程度、他の弁膜症の有無などが検出できます。弁口面積が1.5cm2以上で無症状、洞調律なら経過を観察します。心房細動例ではジギタリスなどで心拍数をコントロールし、ワーファリンで抗凝固療法を行います。弁口面積1.5cm2以下で症状があり、かつ弁の可動性が保たれていれば、経皮経静脈的僧房弁交連裂開術(PTMC)の適応です。それ以外の重症例、かなりの僧房弁逆流がある例、左房内血栓の症例では外科治療(直視下交連切開術、弁置換術)を行います。心房細動合併例では、除細動の目的でメイズ手術も同時に施行されます。
2)僧房弁逆流症(Mitral Regurgitation:MR)
僧房弁閉鎖不全症ともいい、左室収縮時に僧房弁が正常に閉じないので、左房へ血液が逆流する疾患です。最も多い原因は弁線維組織の粘液腫性変性で、強靭な支持組織である弁が伸びきった状態になり、収縮期に弁が左房側に逸脱する疾患です。虚血性ないし拡張型心筋症では、左室拡大のため腱索と弁尖が心尖側に引っ張られて癒合しなくなります。その他、リウマチ性心疾患、感染性心内膜炎、膠原病の心病変などが原因疾患です。逆流の大きさに応じて1度(軽症)から4度(重症)に分類されます。聴診では高調な全収縮期雑音が、心尖部で聞こえます。慢性MRでは逆流のため前向きの駆出血液量は減りますが、左室が代償的に大きくなり、長期間有効拍出量を保ちえます。しかし、重症のMRではある時点で左室の予備能が破綻し、心筋の収縮力が低下します。内科治療は心臓の負担を軽くする目的で、ACE阻害薬などが投与されます。3度以上のMRで胸部症状が強い症例や、症状が軽くても左室心筋の収縮力が低下している(心エコー図の左室駆出率<60%、収縮末期径>45mm)症例では、手術適応となります。僧房弁逸脱であれば弁形成術、リウマチ性MRなどで弁の変形が強い場合は、弁置換術が選択されます。
3)大動脈弁狭窄症(Aortic Stenosis:AS)
加齢に伴う大動脈弁の石灰化、リウマチ性弁膜病変、先天性大動脈二尖弁などが原因で弁口面積が狭くなり(正常は3−4cm2)、左室―大動脈間に圧較差が生じます。聴診では胸骨右上縁から心尖部にかけて、荒い駆出性雑音が聞こえます。心エコー図では弁エコー輝度の上昇と開放制限がみられ、ドップラー法の最大流速から圧較差が測定できます。3.0m/sec(36mmHg)以下を軽症、3.0−4.0m/sec(36―64mmHg)を中等症、4.0m/sec(64mmHg)以上を重症とします。心エコー法やカテーテル法で測定される弁口面積では、1.5cm2以上が軽症,1.0―1.5cm2が中等症,1.0cm2以下が重症です。左室の余分な血圧負担のため左室肥大が生じ、収縮能は長い間保たれますが、末期には低下し心不全になります。狭窄のため有効な拍出量が減り、心肥大のため相対的な虚血が起こり、狭心症と似た胸痛や失神が起こります。中等症以上の症例では、心室性不整脈による突然死の危険があります。胸痛、失神、心不全が出現すると、手術なしでは約半数が2年以内に死亡します。症状のある中等症以上のASは大動脈弁置換術の適応です。
4)大動脈逆流症(Aortic regurgitation:AR)
大動脈弁閉鎖不全症ともいい、拡張期に弁が正常に閉じないため、大動脈へ送り出された血液の一部が左室に逆流する疾患です。弁自体の異常や弁輪の拡大のため、弁の端が正確に合わないことが原因です。先天性大動脈二尖弁、大動脈石灰化(狭窄症を伴う)、心内膜炎、リウマチ熱、膠原病の心病変などが弁異常の原因です。弁輪拡大はしばしば原因が不明ですが、加齢、高血圧、マルファン症候群、大動脈解離、梅毒などで生じます。聴診では大動脈弁領域に、弱い高調な拡張期雑音が聞こえます。ARでは拡張期血圧が下がり、収縮期圧との差が増大します。逆流のため左室には余分な容量負担がかかり、左室は拡大します。3度以上のARでも、この代償機序のおかげで長い間症状なく経過します。ドップラー心エコー図では弁自体の異常、弁輪の拡大、逆流の程度、左室機能の評価ができます。症状のある中等度以上の症例、無症状でも左室駆出率の低下(55%以下)や内腔の拡大(収縮末期径55mm以上)がある症例では、弁置換手術の適応となります。 |